原告JAMES A. STORERおよびREFAC INTERNATIONAL, LTD.

被告HAYES MICROCOMPUTER PRODUCTS, INC.及び
ZOOM TELEPHONICS, INC.

民事訴訟No.96-10602-WGY
マサチューセッツ連邦地方裁判所
960.F.Supp.498;1997 U.S. Dist. LEXIS 7044
1997年3月25日判決

処分: [**1]サマリジャジメントを求める被告の申し立ては、Storer特許のクレーム1-17および19-55に関しては認め、クレーム18に関しては棄却する。

弁護士: 原告JAMES A. STORER, REFAC INTERNATIONAL, LTD.に対して、Ronald J. Schutz, Kevin D. Conneely, Robins, Kaplan, Miller & Ciresi、ミネアポリス、ミネソタ州、John N. Love, Robins, Kaplan, Miller & Ciresi、ボストン、マサチューセッツ州

被告HAYES MICROCOMPUTER PRODUCTS, INC. 別名Practical Peripherals, Inc.,に対して、Bruce E. Falby, Hill & Barlow、ボストン、マサチューセッツ州、合衆国。Kirk W. Watkins, Parker, Johnson Cook & Dunlevie、アトランタ、ジョージョア州。Sonya Y. Ragland, Parker, Johnson, Cook & Dunlevie、アトランタ、ジョージョア州。被告デラウェア州法人ZOOM TELEPHONICS, INC.に対して、Thomas J. Sartory, David S. Weiss, Julie A. Frohlich, Goulston & Storrs、ボストン、マサチューセッツ州、Philip D. Segrest, Jr., Hartwell P. Mores, 111, Daniel R. Cherry, Welsh & Katz, Ltd.、シカゴ、イリノイ州。

反訴原告HAYES MICROCOMPUTER PRODUCTS, INC. 別名Practical Peripherals, Inc.,に対して、Bruce E. Falby, Hill & Barlow、ボストン、マサチューセッツ州、合衆国。Kirk W. Watkins, Parker, Johnson, Cook & Dunlevie、アトランタ、ジョージョア州。Sonya Y. Ragland, Parker, Johnson, Cook & Dunlevie、アトランタ、ジョージョア州。

反訴被告JAMES A. STORER, REFAC INTERNATIONAL, LTD.[**2]に対して、Ronald J. Schutz, Kevin D. Conneely, Robins, Kaplan, Miller & Ciresi、ミネアポリス、ミネソタ州、John N. Love, Robins, Kaplan, Miller & Ciresi、ボストン、マサチューセッツ州。

裁判官: WILLIAM G. YOUNG、連邦地方判事

意見者: WILLIAM G. YOUNG

意見: [*500]意見書及び

命令
YOUNG地方判事            1997年3月25日

 James A. StorerとRefac International, Ltd.(総称して「原告」)は、米国特許第4,876,541号(「Storer特許」)の所有者である。Storer特許は、コンピューター・プログラムに組み入れられた、電子的データのストリームをダイナミカルに圧縮および逆圧縮する「データ圧縮システム」を説明している。この発明の、最も広範囲の実用的な応用は、一つのコンピューターから別のコンピューターへの、モデムを通しての高速で効率のよい電子的データの(圧縮形での)送信である。

 原告は、Hayes Microcomputer Products, Inc.(「Hayes」)とZoom Telephnics, Inc.(「Zoom」、総称して「被告」)が生産し販売するコンピューター・モデムが、Storer特許の一つまたは複数のクレームを侵害していると主張し、この訴訟を提起した。HayesもZoomも、彼らのモデムは、Storer特許が付与された後に採択された、勧告V.42 bis(「V.42 bis」)という表題の国際規格に基づきデータを圧縮し逆圧縮すると宣伝している[**3][1]。原告は、V.42 bis規格に従うモデムはすべて、Storer特許を侵害すると主張する。

 被告はそれぞれが、非侵害のサマリジャジメントを求める開示前申し立てを本法廷に提出する。これらの申し立ての目的のために、1)被告は、それぞれのモデムがV.42 bis規格に記されている仕様に厳密に基づいて機能することに同意し、また、2)原告は文言侵害が存在しないことは認めるが、告発されたモデムが均等論に基づきStorer特許を侵害しているか否かに関して、重大な事実問題についての真正な争点が存在する[**4]と主張する。

I.      関係する法的基準

 サマリジャジメントは、重大な事実問題についての真正な争点が存在せず、申立当事者が法律問題としての判決を受ける資格がある場合に適切である。Fed. R. Civ. P. 56; London v. Carson Pirie Scott & Co., 946 F.2d 1534, 1537(連邦巡回、1991)。事実問題についての「真正」な争点とは、合理的な陪審が法廷に提出された記録に基づき、被申立当事者の有利に判断しうるものである。Anderson v. Liberty Lobby, Inc., 477 U.S. 242, 248, 91 L. Ed. 2d 202, 106 S. Ct. 2505(1986)。この判断をする際には、裁判所は、被申立当事者に最も有利なように証拠を見なければならず、すべての妥当な推論を被申立当事者に有利に行わなければならない。Eastman Kodak Co. v. Image Technical Servs., Inc., 504 U.S. 451, 456, 119 L. Ed. 2d 265, 112 S. Ct. 2072(1992)(Anderson、477 U.S. at 255を引用)。

 特許侵害の主張の判定は2段階プロセスである。告発された装置が裁判所の解釈による[**5]特許のクレームを侵害しているかを事実認定者が決定する(事実問題)前に、裁判所はまず、問題の特許の意味と範囲を決定しなければならない(法律問題)。Markman v. Westview Instruments, Inc., U.S., 134 L. Ed. 2d 577, 166 S. Ct. 1384, 1393-96(1996)。Markmanは、文言侵害に関するものだが、同じ分析の枠組みが、均等論に基づき提起された主張にも適用される(少なくとも本件では)。Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chem. Co., U.S., 137 L. Ed. 2d 146, 117 S. Ct. 1040, 65 U.S.L.W. 4162, 4167-68(U.S., 1997年3月3日)(均等論に基づく侵害が、判事ではなく[*501]陪審にとっての問題であるか否かの争点に結論を出すことを拒否したが、陪審の問題であると結論する連邦巡回裁判所に対して「先例に豊富な支持がある」と指摘する)。

A.    クレームの解釈

 「主張されている(特許の)クレームの解釈においては、裁判所はまず記録の内部証拠、つまり、クレームを含む特許自体、明細書、および証拠内にあれば審査経過を見るべきであることは、確立されている。」Victronics Corp. v. Conceptronic, Inc., 90 F.3d 1576, 1582(連邦巡回、1996)(Markman v. Westview Instruments, Inc., 52 F.3d 967, 979[連邦巡回、1995]を引用)。[**6]特許中で使われる発明を説明する用語は、「他の意味が定められているか特許の審査経過から明らかでない限り」その通常の慣習上の意味を与えられる。Johansson v. Rose Displays, Ltd., 924 F.Supp. 328, 330(D. Mass. 1996)(Transmatic Inc. v. Gulton Indus., 53 F.3d 1270, 1277[連邦巡回、1995]; Carroll Touch, Inc. v. Electro Mechanical Sys., Inc., 15 F.3d 1573, 1577 [連邦巡回、1993] を引用)。裁判所は内部証拠が曖昧である場合にのみ、特許のクレーム解釈の助けとして外部証拠を見ることができる。Victronics, 90 F.3d at 1583。

B.    均等論に基づく侵害

 Warner-Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chem. Co., 137 L. Ed. 2d 146, 65 U.S.L.W. 4162,117 S. Ct. 1040(U.S.,1997年3月3日)での最近の意見で最高裁判所は、均等論に基づく侵害請求に適用される基準を明確化しようと試みた。 歴史的には裁判所は、告発された装置が「クレームされた発明と実質的に同一の方法で、実質的に同一の全体的な機能または作用をなし、実質的に[**7]同一の全体的結果を生み出す」か否かを見るという、「三重の同一性(tripleidentity)」テストを適用してきた。65 U.S.L.W. at 4168参照。Dolly, Inc. v. Spalding & Evenflo Co., 16 F.3d 394, 397(連邦巡回、1994)(Graver Tank & Mfg. Co. v. Lind Air Prods. Co., 339 U.S.605, 608, 94 L.Ed. 1097, 70 S. Ct. 854 [1950])。しかしHilton Davis Chem. Co. v. Warner-Jenkinson Co., 62 F.3d 1512(連邦巡回、1995)では、連邦巡回裁判所は、「機能、方法および結果の評価は必ずしも調査を終わらせない」、同上at 1518と判断し、「均等論の下での侵害は、クレームされた製品またはプロセスと告発されたものとの間に」、関係する分野における通常の熟練者から見て、同上at 1519、「実質的な違いがないことの証明を要求する」、同上at 1521-22という循環的な、そしてやや漠然とした基準を発表した。

 最高裁判所は連邦巡回裁判所の決定を破棄し、「告発された製品またはプロセスが、特許を受けた発明のクレームされた各要素に、同一または等価な要素を含むか否かという本質的な問題を立証することと比べれば、特定の言葉による枠組みは重要ではない」と判断した。Warner-Jenkinson, 65 U.S.L.W. at 4168(強調追加)。この[**8]基準を適用するにあたって最高裁判所は、発明全体よりもクレームの個々の要素に焦点を当てることが重要であると注意した。同上の 4165。

 個々の要素に焦点を当て、等価という概念がそのような要素を完全に除去しないように特別の用心を払えば、使われる表現の曖昧さはかなり低減される。具体的な特許のクレームの文脈で各要素がもつ役割を分析すれば、代替要素がクレームされた要素の機能、方法および結果と合致するか否か、あるいは代替要素がクレームされた要素と実質的に異なる役割を果たしているか否かに関する検討の役に立つ。

同上の 4168。

II.     事実に関する背景

 データ圧縮とは、より効率的に送信または記憶するために、電子的データのストリングの表現の大きさを削減し、後で間違いなく再構成するプロセスである。データ通信の文脈(たとえばモデム間の送信)では、データ圧縮は、同じ量の情報[**9]を伝達するために必要な送信の時間と金を節約する。

 モデムとは、一つのコンピューターが(送信)モデムと電話線を通して、[*502](受信)モデムを装備した別のコンピューターにデータを送信するための、電気通信用装置である。多くのモデムが、データ入力ストリーム中の長い列を表わすのに、速記コードを使ってデータを圧縮する機能をもっている。送信モデム(エンコーダー)は速記コードのみを送り、受信モデム(デコーダー)は、そのコードを元の形(出力ストリーム)に翻訳することによって、データを逆圧縮する。

A.    データ圧縮のダイナミック・ディクショナリー法

 Storer特許もV.42 bis規格も、データ圧縮では、「ダイナミック」つまり「適応型」のディクショナリー法を利用する。この一般的なアプローチは、Storer特許が付与された時点では先行技術として確立していたが[2]、その下では、送信用と受信用のモデムは、それ自身の内部ディクショナリーを維持している。ディクショナリーの各項目は、データ列とそれに対応する速記コードから構成される。ディクショナリーは、入力アルファベット(たとえばアルファベットの文字、0から9までの数字、その他の単独[**10]記号)に対するコードのみを含むように初期化される[3]。そしてモデムはデータが送信される際に、リアルタイムでそのディクショナリーを構築する。ディクショナリーはその場で作られるので、実際に送信されない字に対する速記コードのスペースを無駄にしない。

-[**11]

このプロセスの機能の説明をするために、入力データ・ストリームが「THE DOG CHASED THE CAT」だったとしよう。データ入力ストリームの最初の文字から始めて、送信モデムは、入ってくる入力と一致する、そのディクショナリー中の最長列を決定する。それを「現在一致(current match)」と呼ぶ[4]。ディクショナリーは、最初は個々の字に対するコードのみを含んでいるので、最初の現在一致は「T」と「H」と「E」であり、したがって、送信モデムはこれらの文字に対して3つの個別のコードを送る。しかし送信モデムも受信モデムも、T、HおよびEに対するコードが何回も出現することに気付き、3文字列「THE」の速記コードを含むようにそれぞれのディクショナリーを更新するかもしれない。すると送信モデムが入力データ・ストリーム中の次の「T」に達したとき、現在一致は「THE」となり、送信モデムは一つの速記コードのみを送信する。-[**12]

 データ圧縮に対するこのダイナミック・ディクショナリー法が正確な結果をもたらすためには、送信モデムも受信モデムもそれぞれのディクショナリーで同じ更新をすることが必須である。しかし、モデムがそれぞれの更新活動を互いに伝え合う必要はない。その代わりに各モデムはその更新を、「更新ヒューリスティック」[5]と呼ばれる予め決められている規則に基づき行い、他方のモデムも同じことをしていると仮定する[6]

-[**13]

[*503]長いデータの送信中、ディクショナリーは満杯になるかもしれない。その場合、空き場所を作るために予め決められた「削除法」[7]が使われる。ここでも、送信モデムと受信モデムが同じ削除法を使うことが必須である。

B.    本件での紛争

 Storer特許はその中で、新規の更新と削除のヒューリスティックを利用する、ダイナミック・ディクショナリー・データ圧縮システムを開示している。Storer特許の55のクレームのうち、クレーム1、18、19、35および55が独立である。クレーム18は新規の削除法を説明し、他の独立クレームはそれぞれ、クレーム限定の一つとして新規の更新ヒューリスティックを説明する[8]

-[**14]

 残りのクレームはすべて、直接、または介在クレームを通して従属している。従属クレームは引用により、引用したクレームの限定すべてを組み入れる。35 U.S.C.の112。したがって法律問題として、もしV.42 bisモデムが独立クレームのいずれも侵害していないとすれば、その特許のどのクレームも侵害していないことになる。Wolverine World Wide, Inc. v. Nike, Inc., 38 F.3d 1192, 1199(連邦巡回、1994)。したがって被告はその努力を、5つの独立クレームの非侵害の証明に集中してきた。

 均等論に基づく侵害を立証するには、クレームの要素がすべて正確に、または均等物によって、告発された装置内に存在しなければならない。Warner-Jenkinson, 65 U.S.L.W. at 4168。Intellical, Inc. v. Phonometrics, Inc., 952 F.2d 1384, 1389(連邦巡回、1992)。Storer特許の独立クレームはそれぞれ、多くの他のクレーム要素を含んでいるが、非侵害のサマリジャジメントを求める被告のそれぞれの申し立ては、もっぱら、V.42 bis勧告に記されている更新と削除の技術と[**15]、Storer特許に記されているものの間の類似性のなさに基づいている。したがって、いかなる合理的な陪審も、V.42 bisの更新ヒューリスティックと、Storer特許でクレームされている新規の更新アルゴリズムとが均等物を構成するとは結論付けないと本法廷が判断した場合を除き、クレーム1-17と19-55に関しては、サマリジャジメントを求める申し立ては却下されなければならない。

 同様にクレーム18に関しては、いかなる合理的な陪審も、V.42 bisの削除法と、Storer特許でクレームされている削除法とが均等物を構成するとは結論付けないと本法廷が判断した場合を除き、サマリジャジメントを求める申し立ては却下されなければならない。

III.    更新ヒューリスティック(クレーム1-7、19-55)

A.    序文

 Storer特許は、各現在一致に対してダイナミック・ディクショナリーにN個の新しい項目を加える、新規の更新ヒューリスティックを説明している。ただしNは現在一致の字数である。新しい項目は、前回一致が現在一致のすべての空でない前部分(プレフィックス)に連結された(加えられた)ものからなる[9]。たとえば、現在一致が「DOG」(N = 3)で前回一致が「A」だとすると、「AD」、「ADO」および「ADOG」の3項目がディクショナリーに加えられる。この分野の通常の技能をもつ人は[**16]、普通、この更新アルゴリズムを「オール・プレフィックス」(AP)ヒューリスティックと呼ぶということに、両当事者は同意している[10]

 V.42 bis規格は、Storer特許でクレームされた正確な更新方法を使っていないということは[**17]、争われていない。V.42 bisはAPヒューリスティックを利用しておらず、現在一致の字数に関わらず(Nが何であっても)、各現在一致に対して一つの項目しかディクショナリーに加えないということを、原告は認める。しかし原告は、1)V.42 bisは「第一字」(FC)更新ヒューリスティックを使用しており、そして、2)この分野の通常の技能をもつ人ならばFCは、Storer特許に記されているAP更新手段と等価であると主張する[11]。被告は、1)実際はV.42 bisは、「次文字」(NC)更新ヒューリスティックを使用しており、2)V.42 bisがFCを使うかNCを使うかに関わらず、いずれもStorer特許で使われているAPヒューリスティックと等価ではないと応える。

B.    関係する更新ヒューリスティック[**18]の説明

 問題の技術の難解さを考え、本法廷はこれらの更新ヒューリスティックの分析を、以下の例(以下、「PARCELLS例」という)から始める。1)ダイナミック・ディクショナリー・データ圧縮法を使うモデムが、データ送信の最中に、データ・ストリーム「PARCELLS」に出会い、2)モデムのディクショナリーはすでに、入力アルファベットの文字の他に、データ・ストリームの中にすでに入っていた「AR」、「ARC」および「LL」という項目を含んでおり、3)データ・ストリーム中の「PARCELLS」の直前および直後の字はブランクであり、4)ダイナミック・ディクショナリー・データ圧縮法を使う大部分のシステムと同様、モデムは入ってくる入力と一致する、ディクショナリー中の最長の列を、「現在一致」として取ると仮定する[12]

-[**19]

1.    オール・プレフィックス(AP)ヒューリスティック

両当事者は、APがStorer特許に記されているヒューリスティックであることに同意している。これは前回一致を、現在一致のすべての空でない前部分に連結する。Storer特許に明示的に要求されているように、APヒューリスティックは各現在一致に対して、N個の新しい項目をディクショナリーに加える。ただしNは現在一致の字数である。

ディクショナリーに加えられる現在一致項目

1)P                         P

2)ARC                    PA; PAR; PARC[13]

3)E                         ARCE

4)LL                       EL; ELL

5)S                         LLS

[*505]2. 第一字(FC)ヒューリスティック

原告は、V.42 bis規格はFCヒューリスティックを使うと主張する。FCは前回一致を、[**20]現在一致の第一字に連結する。

ディクショナリーに加えられる現在一致項目

1)P                         P

2)ARC                    PA

3)E                         ARCE

4)LL                       EL

5)S                         LLS

ある意味でFCはAPヒューリスティックの部分集合である。現在一致が1文字(N = 1)のときは、APでもFCでも同じ項目がディクショナリーに付け加えられる。しかし現在一致が1より大きい(「N > 1」)ときは、APはディクショナリーに複数の項目を加えるが、FCは1項目のみを付け加える。その結果、ディクショナリーはFCでよりもAPで、急速に膨れ上がる。データ・ストリームが進むにつれ、APを使うモデムは、FCを使うモデムとは異なる現在一致を引き出し始める可能性がある。たとえば、第二の現在一致に対してAPでは、「PA」、「PAR」および「PARC」をディクショナリーに付け加えるが、FCは「PA」しか加えない。もしデータ・ストリームの中で列「PARCELLS」が再度現われると、APを使っているモデムでは次の現在一致は「PARC」だが、FCを使っているモデムでは次の現在一致は「PA」となる。

3.    次文字(NC)ヒューリスティック

被告によれば、V.42 bis規格はFCヒューリスティックではなく、NCヒューリスティックを使う。NCは現在一致に、圧縮されていない入力の次の字[**21]を連結する。

ディクショナリーに加えられる現在一致項目

1)P                         P

2)ARC                    ARCE

3)E                         EL

4)LL                       LLS

5)S                         S

 FCとNCは殆ど同じ結果を生じる。本質的にNCはFCと同じ項目を加えるが、一段階早くそうする。しかしこの例で議論される他の更新ヒューリスティックすべてと異なり、NCは新しいディクショナリー項目を形成するためにまだ処理されていないデータを使用するので、「処理済み成分性」をもっていない。その結果、受信モデムは、送信モデムが加えるよりも一段階後で、列を加えることをしなければならない。これは一般的には問題とはならないが、ある種のデータ列に対してはこの一段階のずれは解読ミスをもたらすこともありうる。James A. Storer博士の供述参照(「Storer供述」)P16[14]

-[**22]

[*506]4. 現在一致(CM)ヒューリスティック

 CMはMark N. WegmanとVictor S. Millerが開発した、先行技術のヒューリスティックである。上記注2参照。これは前回一致を現在一致に連結する。

ディクショナリーに加えられる現在一致項目

1)P                         P

2)ARC                    PARC

3)E                         ARCE

4)LL                       ELL

5)S                         LLS

 CMは、ある項目がディクショナリーにあっても、その前部分がすべてあることが保証されないので、原告が「オール・プレフィックス性」と呼ぶものをもっていない。たとえば、二番目の現在一致に対してはCMはディクショナリーに「PARC」を加えるが、「PA」や「PAR」は加えない。

C.    V.42 bis更新ヒューリスティック

 V.42 bis勧告の平明な表現は間違いなく、NC更新ヒューリスティックを指していると被告は主張する。勧告V.42 bis第6.4項を参照(「次の字が読まれ、列に加えられる」と述べている)。原告は第6.4項がNCヒューリスティックの表現で書かれていることは認めるが、V.42 bis勧告の他の規定はその更新手続きに、それをFCヒューリスティックと同一のものとする、重要な要素を加えていると主張する。最も重要なのは、現在一致を決定する際に、[**23]第6.3項(b)は、前段階で加えられた項目の利用を禁じている[15]。この修正は実質的に、NCヒューリスティックを悩ませる解読の誤りを除去し、V.42 bis更新ヒューリスティックに、NCに欠けている「処理済み成分性」を与える。Storer供述P17を参照。James A. Storer博士の第2供述参照(「第2Storer供述」)P3。NCがFCよりも一段階早くディクショナリーに項目を加える他はFCとNCはほとんど同一なので、第6.3項(b)によって定められる新項目の利用の一段階の遅れにより、V.42 bisは実質的に、FCヒューリスティックに従って機能することになると原告は主張する。さらに、原告が口頭弁論中に指摘したように、V.42 bis勧告の付属書IIは、V.42 bis更新アルゴリズムの、FCの下では適切な結果と合致するがNCの下ではそうではない機能例を含んでいる[16]

 上記の理由により本法廷は、V.42 bisモデムがFCかNCの更新ヒューリスティックを使っているか否かについて、重大な事実についての真正な争点がないとは被告は立証できなかったと判断する。したがって、これらのサマリジャジメントの申し立てに関しては、本法廷は、V.42 bisがFCを利用しているとの、被申立者である原告の主張を採用する。

D.    認められる均等物の範囲に対する先行技術の限定

 V.42 bisがFC更新ヒューリスティックを利用していると仮定しても、本法廷はFCとAPが均等物を構成するかという問題に触れる必要はないと、Hayesは主張する。なぜなら、1)FCはStorer特許の先行技術であり、2)Storer特許のクレームは可能ならば、その有効性を維持するために先行技術を避けるように解釈されなければならないからである。被告Hayesの答弁書(「Hayes答弁書」)[**25]の5(ACS Hosp. Sys., Inc. v. Montefoiore Hosp., 732 F.2d 1572, 1577[連邦巡回、1994])[17]

 Hayesの主張の最初の部分に関しては本法廷は、FCはStorer特許の先行技術を構成すると判断する。先行技術であると原告が認めているStorerの1985年の論文[*507]、前記注2参照、は、「かなりの実験研究が行われた新項目を形成するための二つの簡単なヒューリスティック」のうちの一つとして、「前回一致を現在一致の第一字に連結する」アルゴリズムを説明している。Storer、データ圧縮のためのテキスト置換技術の122-23。本法廷は、Storer論文はFCの理論的確認をしたに過ぎないとの原告の主張を却下する。実際、両当事者が現在FCに対して使っているのが同じ説明であるときに、Storer論文中のFCヒューリスティックの説明が、実行可能にするものではないとみなすのは困難である。たとえばStorer供述P 13; Alan Clarkの反証宣誓供述書[**26](「Clark反証宣誓供述書」)P 8の7参照。さらにStorer特許自体が、1985年Storer論文を、データ圧縮のための「実用的技術」を開発していると述べている。Storer特許、第2欄、第48行。

 先行技術が均等論の適用を制限するというHayesの主張も正しい。Wilson Sporting Goods Co. v. David Geoffrey & Assocs., 904 F.2d 677, 683 (連邦巡回)裁量上訴棄却、498 U.S. 992, 112 L. Ed. 2d 547, 111 S. Ct.537(1990)。しかしこの限定の理由は、「必要な場合にその有効性を維持するためにクレームを狭く解釈するからではない」。同上の684(強調追加)。Wilson法廷が指摘したように、「均等論はその定義により、クレームの表現の受入れ可能な解釈を越えることになり」、そして「均等論がクレームを拡大または拡張するというのは、用語の矛盾」である。同上。したがって、本法廷がV.42 bisモデムを、Storer特許でクレームされた装置と均等であるとみなすとすれば、Storer特許のクレームを、それが無効となる範囲まで拡大することになるというHayesの主張を、本法廷は却下する。

 Hayesの主張とは逆に、受入れ可能な均等物の範囲に対する先行技術の制限の実際の目的は、「『「クレームの言葉によっては[特許商標庁]からは合法的に得られない保護を、[特許権者が]均等論に基づき得る』ことを阻止すること」である。Conroy v. Reebok Int'l, Ltd., 14 F.3d 1570, 1577(連邦巡回、1994)(Wilson, 904 F.2d at 684を引用)。したがって適切な設問は、「各[クレーム]要素が先行技術に存在するか否かではなく、特許性がクレームされたその発明全体を先行技術が自明なものにしたか否かである」。Grain Processing Corp. v. American Maize-Prods. Co., 840 F.2d 902, 907 (連邦巡回、1988)(Lindenmann Maschinenfabrik GMBH v. American Hoist & Derrick Co., 730 F.2d 1452, 1462 [連邦巡回、1984])(強調追加)。更新ヒューリスティックは本件に関わっている唯一のクレーム限定だが、クレーム1-17および19-55内の唯一の限定ではない。特許全体を見ると、「[クレーム]限定のいずれかが、単独でまたは他の限定と組み合わさって、特許性を付与するのに十分であったということは、想像できる」。Bradshaw v. Igloo Prods. [**28] Corp., 1996 U.S. App. LEXIS 29761, No.96-1199, 1996 WL 663310, at *4 (連邦巡回、1996)(未発表の証言録取書)。したがって、「先行技術内の[FC]の存在だけでは、[原告は]、[V.42 bis]内の対応する要素を含ませるのに十分な均等性の範囲を主張することを、自動的に禁じられる[ことはない]」。Conroy, 14 F.3d at 1577(強調追加)[18]

-[**29]

E.    均等論の適用

 原告に有利なようにすべての妥当な推論をし(Eastman Kodak, 504 U.S. at 456参照)、本法廷は、これらの申し立ての目的のためには、V.42 bisはFC更新ヒューリスティックを使用しており、FC更新ヒューリスティック[*508]は、クレームされた発明の受入れ可能な均等物の範囲外にはならないと推定する。そこで本法廷は、合理的な陪審が、FC更新ヒューリスティックが、Storer特許のクレーム1-17と19-55に記されているAP更新ヒューリスティックと「均等」であると結論付けるか否か、検討しなければならない。Warner-Jenkinson, 65 U.S.L.W. at 4168参照。原告はその侵害の主張を、機能、方法および結果に関する記録中の証拠に焦点を当てているので、本法廷はその分析の助けとして、その枠組みを利用する。

1.    機能

 Storer特許でクレームされた「更新手段」(AP)と、V.42 bis規格に記されている更新方法(FC)が、新しい字の列を特定しダイナミック・ディクショナリー構造に加えるという、実質的に同じ機能を果たすことは争われていない。

2.    方法

 しかし、Storer特許のクレームとV.42 bisは、この更新機能を、実質的に[**30]同じ方法では行わない。第一に、長さNの各現在一致に対して、APはN個の新項目をダイナミック・ディクショナリーに加えるが、FCは現在一致の長さとは無関係に、常に一項目だけを加える。つまり、N > 1であるときは常に、Storer特許は複数の項目を加えるが、V.42 bisはそうではない[19]。第二に、Storerの装置は新しい項目を作るのに現在一致のすべての字を利用するが、V.42 bisは現在一致の最初の字しか使わない。

-[**31]

 原告は、APとFCの間のこれらの違いを認めるが、「関係する二つの更新ヒューリスティックが機能する方法には、均等論の下で侵害となるに十分実質的な類似性が存在する」と主張する。非侵害のサマリジャジメントを求める被告の申し立てに反対する原告の意見書(「原告の摘要書」)at 11。特に、原告は4つの面における類似性を指摘しており、本法廷はそれらを順番に検討する。

 原告は第一に、V.42 bisが付け加える各項目は常にStorerの装置でも加えられると主張する。原告の摘要書の11。しかしZoomが指摘したように、その逆は真実でない、つまりStorerの更新手段によって付け加えられる項目がすべて、V.42 bisモデムのディクショナリーに加えられるわけではないことを原告は認めている。非侵害のサマリジャジメントを求める申し立てに関する被告Zoomの反対訴答(「Zoomの反対訴答書」)の2。「均等論の分析における基準点を決めるのは、告発された装置の要素または機能ではなく、クレーム中で説明されている発明の限定と機能である」ということは、確立されている。Insta-Foam Prods.,[**32] Inc. v. Universal Foam Sys., Inc., 906 F.2d 698, 702 (連邦巡回、1990)[20]

 第二に、侵害の認定は、N = 1のときにStorer特許とV.42 bisが同一の項目を付け加えるという事実のみに基づくことはできないが、「ある場合には[**33]二つの方法が同一であると被告が認めたことは、この二つが常に実質的に類似しているとの結論を支持する」と原告は述べる。原告の摘要書の12。(Bell Communications [*509] Research, Inc. v. Vitalink Communications Corp., 55 F.3d 615, 622-23 [連邦巡回、1995]; Paul Corp. v. Micron Separations, Inc., 792 F.Supp. 1298, 1319 [マサチューセッツ地方、1992]該当部分上訴棄却、66 F.3d 1211[連邦巡回、1995]裁量上訴棄却、U.S., 137 L. Ed. 2d 326, 117 S. Ct. 1243, 65 U.S.L.W. 3629 [米海兵隊17、1997]を引用)。この主張も正しくない[21]。Bell Communications法廷は、「クレームされた方法をときには組み入れるが常にではない告発された製品は、侵害している」(55 F.3d at 622-23)とは判断しなかったが、本件では、V.42 bisモデムが、Storer特許に記されているAP更新手段を使っているとはどの記録も示唆しない。さらにPall訴訟において本法廷は、「侵害者は自分の製品がいい加減であるという事実に逃げ込むことはできない」とも記した。792 F.Supp.の1319。FCはAPのいい加減な、あるいは不完全なバージョンではなく、むしろデータ圧縮に対する異なるアプローチである。前記pp.26-28参照。

-[**34]

 第三に、Storer特許もV.42 bis規格もそれぞれの項目を「trie」と呼ばれるツリー・データ構造に記憶し、どちらも、ダイナミック・ディクショナリーに加えられる列の長さに上限を定める(「最長一致」性)と、原告は指摘する。原告の摘要書の11。これらの類似性は、Storer特許に記されている他の限定の幾つかはV.42 bisモデムにも存在していることを示すが、FCとAP(したがってV.42 bisとStorer)が新項目を実質的に異なる方法によってディクショナリーに付け加えるという事実を変えるものではない。特許クレームの侵害を確立するには、告発された装置に全く同じか、またはその均等物で構成されるすべての要素が存在しなければならない。Warner-Jenkinson, 65 U.S.L.W. at 4168; Intellicall, 952 F.2d at 1389。

 最後に、APもFCも、Storerが「処理済み成分」性[22]および「オール・プレフィックス」性と呼ぶものをもっているので、どちらも実質的に類似した態様で機能すると原告は主張する。APとFCのどちらにおいても、ある項目がディクショナリーにあれば、そのすべての前部分もあるという点で原告は正しいが、「オール・プレフィックス」という[**35]用語は誤解を招く面もある。APヒューリスティックだけが前回一致を、現在一致のすべての前部分に連結することによってディクショナリーに新項目を加える。一方、ECは前回一致を現在一致の第一字のみに連結させる。その結果、APにおいては、もしある項目がディクショナリーにあったとすれば、その後部分がディクショナリーにある可能性はFCでよりも大きい[23]。 この差は実質的である。長いデータ列(後部分を含む)がデータ・ストリームの中で繰り返されるとすると、APを使うモデムは列全体を圧縮できるが、FCを使うモデムではできない。下記注25参照。

-[**36]

3.    結果

 APではN > 1のときは必ず複数の項目が加わるので、Storerのディクショナリー[*510]はV.42 bisのディクショナリーよりも速く拡大する。原告の摘要書の12参照(「結局、V.42 bisはStorerの[AP]ヒューリスティックによって加えられる更新項目の部分集合を生成する」)(強調追加)。Wornell供述の表1-2[24]。さらに、Storer特許もV.42 bisも、限定された大きさのディクショナリーを使っているので、StorerのディクショナリーはV.42 bisのディクショナリーよりも速く満杯になる。Clark D. Thomborsonの専門家供述(「Thomborson供述」)P 46。

-[**37]

 ディクショナリーはAPでのほうが速く拡大するが、APもFCも「類似した圧縮量」をもたらすと原告は答える。なぜなら、1)FCは各現在一致に対してAPが加える列の最初のセットを加え、さらに、2)N > 1の場合にはAPが加える余分の列は、もしテキスト中にそれが頻繁に登場するならば、FCでも後の段階で加えられるからである。Thomborson供述P 22。多分、そうであろう。しかしFCがこれらの項目をAPよりも後に加える(つまり、その列が入力ストリーム中に次に登場するまでは加えない)という事実は、実質的な相違である。第一に、Storerのディクショナリーは、少なくとも満杯になり項目削除を開始しなければならなくなるまでは、V.42 bisの辞書のすべての項目、およびその他の(より長い)項目を含んでいるので、入力ストリームが続くにつれ、Storerの装置は、V.42 bisよりも長い現在一致を含み始める[25]。第二に、APは長い列を、それが繰り返されるか否かに関わらず早くから加えるので、StorerのディクショナリーはV.42 bisよりも早く満杯になる。Storerの装置もV.42 bisも、満杯になったときにディクショナリーにスペースを作る手続きをもっているが、一般にStorerの下では、削除手段をより頻繁に使う必要がある[**38]という事実は無意味ではなく、削除された列がテキスト中で後で繰り返される危険もある(したがって圧縮率を害なう)。Victor S. Millerの供述(「Miller供述」)P 50[26]。Hayesの最高技術責任者兼副社長Alan Clarkは次のように述べる:

   長い列が頻繁に繰り返される場合には、Storerシステムは最適である。長い列が頻繁ではないと、V.42 bisはディクショナリーが簡潔であり、より速く機能する。・・・[したがって]、[APとFCの]アルゴリズム[*511]は、スペクトラムの両端から最善の圧縮に近付く。V.42 bisは各一致で、最小の長さの一つの列を加え、一方Storerは、最新の二つの一致から可能なすべての列を加える。

 Clarkの反証宣誓供述書P 8の11(強調追加)。つまり設計により、APとFCは実質的に異なる結果をもたらす[27]

-[*41]

4.    結論

 APとFCは実質的に同じ機能を行うが、APとFCはこの機能を実質的に異なる方法で行い、実質的に異なる結果を達成する。したがって本法廷は、合理的な陪審はAPとFCは均等物を構成するとは結論付けないと判断し(Warner-Jenkinson, 65 U.S.L.W.の4168参照)、したがってStorer特許のクレーム1-17と19-55に関するサマリジャジメントを求める各被告の申し立てを認める。

IV.   削除方法(クレーム18)

A.    背景: Trieデータ構造とLeafノード

 データ構造とは、特定の問題に対してデータの高速で効率のよい処理を可能にする、コンピューターのメモリー内にデータを編成する方法である。Storer特許もV.42 bisも、「trie」と呼べるツリー状のデータ構造を使って、そのダイナミック・ディクショナリーを編成する。入力アルファベットの各文字に対して、正確に一つのtrieが存在する。直感とは逆であるが、各trieのトップには「ルート・ノード」がある。ルート・ノードは入力アルファベットの単一文字であり、そこからツリーの残りの部分が生じる。ルート・ノードは削除されることがない。

 ディクショナリーが拡大するにつれ、これらのルート・ノードから[**42]子孫が派生する。たとえば、ダイナミック・ディクショナリーが「PA」、「PAR」、「PARC」、「PE」および「PEN」という項目を含んでいるとすると、それらはtrieデータ構造の中では、次のように記憶される。

[原文の図を参照]

 「P」がこのtrieのルート・ノードである。一方、「PARC」や「PEN」は「リーフ・ノード」を構成する。図が示すように、リーフ・ノードは子孫をもたない(後部分が付かない)。残りのノード(「PA」、「PE」および「PAR」)はすべて内部ノードであり、それぞれ親も子ももつ。

 リーフ・ノードと内部ノードの区別は、削除ヒューリスティックの文脈では特に重要である。すでに議論したように、ダイナミック・ディクショナリーが満杯になると、モデムは新しい項目のスペースを作るために[*512]、既存の項目を削除する必要が出てくる。ディクショナリーが「オール・プレフィックス」性を保つためには(つまり、ある項目がディクショナリーにあれば、そのすべての前部分もある)[28]、リーフ・ノードのみが削除対象になることが必須である。もしモデムが「PAR」などの内部モードを削除しリーフ・モード「PARC」を残すとすると、ディクショナリーはそのオール・プレフィックス性を失う。短い列のほうが長い列よりも、入力ストリーム中に繰り返される可能性が高いので、オール・プレフィックス[**43]を残すことが望ましい。

 最後の背景事項として、本法廷は、リーフ・ノードが削除されると、その親の内部ノードがリーフ・ノードになることを指摘する。つまり「PARC」が削除されると、ディクショナリー中に後部分がなくなるので、「PAR」がリーフ・ノードになる。

B.    Storer特許

 Storer特許のクレーム18の中では、「一致する頻度がほぼ最低の」項目を削除するための新規の削除アルゴリズムが説明されている[29]。このクレームされた削除法の下では、2字よりも長いすべての項目(つまり「ルート」モード以外のすべて)は、線形のキュー(つまり線)に[**44]編成され、列はそのキューの右側に付き、左側から(削除されるために)出る。Storer特許第18欄、第15-16行[30]。この点ではStorerの削除法は、先行技術「最も以前の使用」(LRU)アルゴリズムに密接に類似している。しかしStorer特許は、内部ノードが削除に関してキューの左側に行かないことを保証する、LURに対するある種の修正を開示している。特許明細書で「修正された、最も以前の使用キュー・ヒューリスティック」(「MLRUH」)と呼ばれているStorer削除アルゴリズムは、リーフ・ノードのみが削除されるのを保証することによって、ディクショナリーが、オール・プレフィック性を保つことを可能にしている。Storer特許第16欄、第57-59行[31]

 Storer特許が[*46]LRUに対して行った修正は正確に述べると非常に複雑だが、その要点は、1) 新項目はキューの右側に入る; 2) すでにディクショナリー中にある項目が一致した場合、その項目はその前部分すべてとともに、キューの右側に動く(つまり削除から遠ざかる); 3) 新項目がキューに入ったとき、または (1) と (2) で要求されているようにキュー中を動いたときは常に、ディクショナリー中のすべての列に対する前部分が、ディクショナリー中にたまたま存在したその列の後部分よりもキューの右側に置かれるように(つまり削除からさらに遠ざかるように)、それらは「逆配列」に置かれる[32]。常時、キュー中の項目を[*513]再配列することにより、Storerの装置は、最も使われないリーフ・ノードのみが削除されることを保証する。

-[**47]

C.    クレームの解釈

 Hayesは、1)クレーム18の「逆配列」という用語は、各現在一致において、新しく作られた項目が逆配列で置かれなければならないことを意味するように解釈されなければならず、また、2)V.42 bisモデムは各現在一致に対して複数の項目は加えないので、逆配列されるべき項目は存在せず、したがって法律問題として、V.42 bisモデムはクレーム18の対象とはならないと主張する。Hayes答弁書の12参照。

 クレーム18の表現のみを見ると、「逆配列」という用語の意味は実際、曖昧である。しかし特許クレームの解釈においては、本法廷は、クレーム自体の表現ばかりでなく、明細書と審査経過も見る。たとえばVictronics, 90 F.3dの1582参照。明細書は「逆配列」を、「あるノードの先祖が、そのノードよりもキューの前方(右側)に位置するように列を配置すること」と定義する。Storer特許第17欄、第25-27行。明細書はさらに、この「逆配列」は、ディクショナリーに加えられる新しい列ばかりでなく[**48]、すでにディクショナリー中にあり、入力データ・ストリーム中に現在一致として登場する列にも適用されると記している。同上、第17欄、第22-37行参照。

 既に説明したように、Storerの削除アルゴリズムでは、ディクショナリー中にすでに存在する項目が現在一致として登場するたびに、その項目はそのすべての前部分とともに、キューの右側に動かなければならない。Parcells例は、FCがAPと同様に、ときに3字よりも長い現在一致を生み出すことを示している。FCヒューリスティックを使うと第三の現在一致は「ARCE」である。もしモデムがStorer削除アルゴリズムを適用するならば、クレーム18に記されている逆配列においては、「ARC」や「AR」はキューの右側に向けて動き(削除から遠ざかる)、「AR」が最も右側に置かれる。したがって、Storer特許のクレーム18に記されている逆配列は、FC更新ヒューリスティックを使うモデムには適用性はないとのHayesの主張は、正しくない。

本法廷はさらに、特許の解釈においては、各クレームは独立の発明とみなされることを指摘する。Leeds & Catlin Co. v. Victor Talking Machine Co., 213 U.S. 301, 319, 53 L. Ed. 805, 29 S. Ct. [*49] 495(1909)。前回の現在一致を、現在一致の空でない前部分すべてに連結することによって、N個の新項目をディクショナリーに加えるという更新手段(APヒューリスティック)を述べているStorer特許の他のすべての独立クレームとは異なり、クレーム18は注意深く、更新手段限定をより一般的な用語を使って、「前回一致した列を現在一致している列と連結するための・・・更新手段」と記している。APもFCも何らかの方法で、前回一致した列を現在一致している列に連結するので、これらの更新ヒューリスティックのいずれかを使うモデムは、クレーム18の更新手段要素を満足する。

D.    均等論の適用

 V.42 bis規格は、Storer特許でクレームされた削除方法を正確には使っていないことは争われていない。被告によれば、V.42 bisは次のように機能する回転ポインター、つまり時計システムを使う:1)新項目は、(時計が指し示す)利用可能な次の空き場所に置かれ、また、2)ディクショナリーが満杯になると、時計は次の項目を指し示し、[*514]それがリーフ・ノードであればそれを削除する。もしそれが内部ノードであれば、ポインターは[**50]単にそれを飛び越す。サマリジャジメントを求めるHayesの申し立てを支持する摘要書(「Hayes摘要書」)の34; Zoom摘要書の14-15。この回転時計システムは、モデムが項目を特定の順番に配列する(そして常に再配列する)ことを要求しないので、Storerの装置より削除の処理時間がはるかに短いと、被告は主張する。

 原告は、V.42 bisが項目を線形のキュー状には並べないことは認めるが、V.42 bisは、最も以前の使用という削除戦略に近似的に等しい、Storerの削除手段と実質的に等価な方法を使うと主張する。原告によれば、1)V.42 bisが使う回転時計は通常、環状キュー・データ構造と呼ばれており、また、2)この分野で通常の技能をもつ人ならば、環状キューと線形キューの違いは実質的ではないとみなす。Storer第二供述P 11-12。被告はポインターの循環機能を何らかのランダム戦略として描こうとしているが、実際は、Storer特許に記されている線形キューと同様に系統的に機能するとStorerは述べる。同上。結局、原告は、環状キューと線形キューの[**51]は、(バス停留所で)一列に並ぶことと、(デリカテセンや役所で)番号札をもらって好きな所に立っていることの違い程度の相違しかないと主張する。原告摘要書の14。

 原告は、回転ポインター削除システムの機能を誤解していると被告は答える。Hayesの最高技術責任者兼副社長Alan Clarkによれば、新項目は順番に加えられるが、現在一致として登場するときに再配列はされない。つまり、V.42 bisモデムは、最近使用された項目のキューの右側への移動と等価なことはまったくしない。Clark反証宣誓供述書P 8の14-17。Storerの装置と同様、V.42 bisも決して内部ノードを削除しないことは正しいと、Clarkも認める。しかしV.42 bisは、最近使用された項目を再配列するために何もしないので、いつそれが使われたかに関わらずリーフ・ノードを削除するとClarkは主張する。同上の17。つまり、Storerの装置は常に最も以前に使われたリーフ・ノードを削除するが、V.42 bisはポインターが選択したリーフ・ノードを、いつそれが使われたかに関わらず[**52]、削除すると被告は主張する。

 しかし原告の専門家は、V.42 bisは実際には、削除の順番に関して最近使われた項目を後に動かすので、Storerの装置と同様、V.42 bisも最も以前に使われたリーフ・ノードのみを削除することが保証されると主張する。Thomborson供述P 27。V.42 bis勧告の文章では、この争点は解決されない。第6.1項(c)は曖昧に、「記憶能力を再利用するための、頻繁には使われない列の削除」と定めている。「頻繁には使われない」という用語は、V.42 bisは、使用される頻度とは無関係にリーフ・ノードを削除するとのClarkの主張と矛盾すると、原告は主張する。Thomborson供述P 47。被告は、内部モードはそれより長いリーフ・モードよりも頻繁に使われるので、「頻繁には使われない」とは、V.42 bisが内部モードを削除しないことを意味し、V.42 bisが、最も使われないリーフ・モードのみを削除するとは示唆していないと反論する。Clark反証宣誓供述書P 8の22; Miller供述P 50。V.42 bisが、最近使われたか否かとは無関係にリーフ・ノードを削除するかについての、この重大な事実についての真正な争点に鑑みて、本法廷は、クレーム18に関するサマリジャジメントを求める[**53]被告の申し立てを棄却する。

IV.   結論

 以上の理由により、非侵害のサマリジャジメントを求める被告の申し立ては、Storer特許のクレーム1-17およびクレーム19-55に関しては認められ、クレーム18に関しては棄却される。

以上の通り命令される。

WILLIAM G. YOUNG

連邦地方判事



[1]     Storer特許は1989年10月24日に付与された。V.42 bis規格は、1990年1月31日に国際電信電話諮問委員会(国際電気通信連合の常設機関)によって承認された。しかしV.42 bis規格の最終案は、Storer特許が付与される以前の1989年9月に完成していた。Alan Clarkの宣誓供述書(「Clark宣誓供述書」)の15-16。

[2]     たとえば、Jacob Ziv & Abraham Lempel、変動率コーディングによる個々のシーケンスの圧縮、情報理論におけるIEEE会報、Vol. IT-24, No.5(1978); James A. Storer, データ圧縮のためのテキスト置換技術、 NATO ASIシリーズ、Vol.F12, 単語に対する組合せアルゴリズム、111(A. Apostolico & Z. Galil編、1985);Victor S. Miller & Mark N. Wegman、 ZivとLempelによるテーマに関する変奏、NATO ASIシリーズ、Vol.F12, 単語に対する組合せアルゴリズム、131; 米国特許第4,558,302号(1985)(「高速データ圧縮・逆圧縮の装置と方法」)(以下、「Welch特許」という); 米国特許第4,814,716号(1989)(「データ圧縮方法」)(以下、「Miller-Wegman特許」という)。

[3]    ディクショナリーが初期化されるこの態様は、「初期化法」と呼ばれる。

[4]     何が現在一致を構成するかを決定するためにモデムが使うこのプロセスは、「一致法」と呼ばれる。

[5]    「更新ヒューリスティック」は、「更新アルゴリズム」、「更新法」あるいは「更新手段」とも呼ぶことができる。

[6]     Zoomは以下のクォーターバックの信号伝達アナロジーを示唆する。スクリメージ・ラインで、クォーターバック(送信モデム)は詳しい指示を叫ばず、「オーディブル」という速記コードを出す。ワイド・レシーバー(受信モデム)はオーディブルを聞き、それは長い指示の短縮形であることがわかる。もしクォーターバックとワイド・レシーバーが同じプレーブック(ディクショナリー)を記憶していたとすれば、メッセージは短縮形で正しく伝わる。サマリジャジメントを求める申し立てを支持するZoomの意見書(「Zoomの摘要書」)の8; Gregory Wornell博士の供述(「Wornell供述」)P 14。
しかしこのアナロジーは部分的にしか正確でない。フットボールではクォーターバックとワイド・レシーバーはゲーム前に(プレーブックから)、またはゲーム中に(互いにまたはコーチと話すことで)オーディブルを学ぶ。データ圧縮のダイナミック・ディクショナリーでは、クォーターバックとワイド・レシーバーはゲーム中にオーディブルを学ぶが、オーディブルが何であるか互いに直接伝達することはしない。その代わりに、クォーターバックとワイド・レシーバーはゲーム前に、オーディブルを学ぶのに使う方法(更新ヒューリスティックとして知られる)を合意しておき、ゲームが進行するにつれ、この短縮形で伝達し始められるようにする。

[7]    「削除法」は、「削除ヒューリスティック」、あるいは「削除手段」とも呼ぶことができる。

[8]     クレーム1と55は、データ圧縮システムの一般的議論の文脈の中で、更新ヒューリスティックを説明する。クレーム19は送信モデム(エンコーダー)による動的圧縮の文脈の中で、更新ヒューリスティックについて記し、またクレーム35は、受信モデム(デコーダー)による動的圧縮の文脈の中で、更新ヒューリスティックについて記す。

[9]     Storer特許の独立クレーム1、19、35および55は、更新ヒューリスティックを説明するのにほぼ同一の表現を使っている。クレーム1の関係する部分は次のように説明する:
各現在一致に対して、上記の最初のディクショナリー手段にデータのN個の新しい列を加えるための、最初の更新手段。ただしNは、その現在一致の字数に等しく、N個の新しい列は、上記の現在一致の空でない前部分と連結された前回の現在一致から構成される。

[10] Storer特許の明細書はPAPHという短縮形を使う。Pure All Prefixes Heuristicの略である。
さらに、Storer特許の独立クレームの幾つかは、MAPH(修正オール・プレフィックス・ヒューリスティック)と呼ばれる、この更新ヒューリスティックのより複雑な修正版を説明している。これは、同じ第一字から始まることのできるディクショナリーの項目の数を制限する。しかしMAPHは、今回の申し立ての目的にとっては無関係である。

[11] 一方、NCはAPと等価ではないことは原告も認める。非侵害のサマリジャジメントを求める被告の申し立てに関する原告の再反訴摘要書(「原告の再反訴摘要書」)の 3。

[12] つまり、もし入ってくるデータ・ストリームが「THE」であり、「TH」も「THE」もすでにディクショナリー中にあるとすると、現在一致は「TH」ではなく「THE」となる。この分野で通常の技能をもつ人が「グリーディー構文分析」あるいは「グリーディー一致」と呼ぶこの一致方法は、Storer特許の時点で先行技術の中で確立しており、StorerのモデムもV.42 bisのモデムも使っている。
二つのモデムが、一致方法は同じだが異なる更新ヒューリスティックをもちうることは重要である。この一致方法は、モデムが現在一致を決定する方法に関係しており、更新ヒューリスティックは、各現在一致に対してどの(そして幾つの)新しい列がディクショナリーに付け加えられるかを決定する。

[13]   APヒューリスティックは現在一致の字の連続した固まりのそれぞれに、前回一致を加えるということを思い出そう。つまり、前回一致「P」を現在一致「ARC」のすべての前部分に加えると、項目「PA」、「PAR」および「PARC」が生じる。前記pp.10-11参照。

[14]   たとえば、NCヒューリスティックを使うシステムが、データ列「aWaWa」に出会い、列「aW」がすでにディクショナリー中にあったとしよう。送信モデムはaWを一致させ、新項目としてaWaを加え、すぐ次のステップで(受信モデムがaWaをそのディクショナリーに加える機会をもつ前に)aWaを一致させる。Storer供述P 16。受信モデムは何が送信されたのか推測することはできるが、解読上の欠陥による複雑さは、APやFCと比べたときのNCの欠点となる。同上。

[15]   つまり、第6.4項は未処理の入力が新項目を作るのに使われると述べているが、第6.3項(b)は、これらの新項目は入力が処理されるまでは利用できないと定めている。[**24]

[16]   特に、申し立ての審理において原告の弁護士は、V.42 bisが、4つの連続したaからなる列を、a/a/a/aではなく、a/a/aaと分析することを示す例を、黒板で提示した。原告によれば、この結果はFCとは合致するが、NCとは合致しない。

[17]   Zoomはこの先行技術の議論を提起しなかった。

[18]   FC更新ヒューリスティックを使うモデムが、受入れ可能な均等物の範囲外になるか否かを決定するための適切な設問は、新規のAPアルゴリズムではなく先行技術のFC更新ヒューリスティックを文言で含んでいたとすれば、Storer特許のクレーム1-17と19-55が、特許性をもつか否かである。Wilson, 904 F.2d at 684(分析を単純にするためには、「告発された製品が文言自体で対象となるだけの範囲をもつ仮想上の特許クレームを考えることによって、均等物の範囲に関する[先行技術の]限定を概念化し」、そして、この仮想上のクレームが先行技術に鑑みて特許性があるか否かを判定することが役立つかもしれないと述べる)。以下で記される分析を考えると、本法廷がこの複雑な問題に触れることは必要ない。

[19]   単一字の現在一致(N = 1)以外には何も生じないような、特別のデータ入力ストリームを作ることも可能だが、すべての可能な2文字の組合せがディクショナリーに加えられるまでは長くかからず、2字一致が生じ始めるだろうから、そのようなデータ・ストリームは必然的に短いものである。Storer特許明細書の図8に示されている例のような、実世界の大部分のデータ・ストリームにとっては、2文字一致が生じ始めるまで、長くはかからない。

[20]   さらに、単純な例が、原告の議論の明白なおかしさを明らかにする。ある人がテレビを消したいと考えるとき、彼女には一般に二つの選択肢がある。選択肢Aは、単にリモート・コントロールのスイッチを切る。選択肢Bは、立ち上がり部屋を横切ってテレビの所まで行き、テレビ受像機のスイッチを切る。V.42 bisが付け加える一つの項目は常にStorerの装置でも付け加えられるように、選択肢Aでなされる一つの段階(スイッチを押す)は常に、選択肢Bでも行われる。しかし、選択肢Aと選択肢Bが実質的に同じ方法でテレビを消すのではないことは、明らかである。

[21]   再びテレビの例が、原告の議論の欠陥を説明する。テレビを消したいと思う人が、テレビの正面の床に座っているとする。その場合、彼女が選択肢A(リモート・コントロール)を使うか選択肢B(テレビのスイッチを手で押す)を使うかとは無関係に、手続きはほぼ同一である(単にボタンを押す)。この限定された状況での選択肢Aと選択肢Bの類似性にも関わらず、この二つの選択肢が実質的に異なる方法で機能することは、依然として明らかである。

[22]  Parcells例で議論されたように、AP、FCおよびCMはすべて、NCとは異なり、新項目の生成のために圧縮されていない入力には依拠しないという点で、「処理済み成分」性を共有しているという原告は正しい。

[23]   たとえばParcells例では第二の一致で、APは「PA」、「PAR」および「PARC」を加えるが、FCは「PA」のみを加える。したがって、その時点では、StorerのディクショナリーはV.42 bisのディクショナリーよりも、「PA」に後部分が付いたものを二つ多く含む。
ある意味でAPは、複数の項目を加えるという革新を含めることにより、FCとCMを組合せている。FCとCMはどちらも各現在一致で一項目のみを加える。FCはその項目を、現在一致の第一字のみを使って構成する。CMは現在一致のすべての文字を使う。その結果、CMは、FCよりも、ディクショナリーに長い列を加えるが、(繰り返される可能性が大きい)短い列が加わることは保証できない。たとえば、Parcells例では、二番目の現在一致でCMは、「PARC」を加えるが「PA」や「PAR」は加えない。したがってAPは、各現在一致で短い列も長い列もディクショナリーに加えることで、結果的にFCとCMの最善の特性を組合せており、先行技術に対する革新となっている。

[24]  APの下では比較的に短いデータ入力ストリームでも、ディクショナリーはより速く拡大することを説明するのに、WornellはStorer特許の図8の例(「THE CAT AT THE CAR ATE THE RAT」)を使う。この例では、APは28の新項目を生成するが、V.42 bis更新手段は20の新項目を生成する。Wornell供述P 39。
Wornellの表は実際は、本法廷が今回の申し立ての目的においては棄却しなければならない、V.42 bisがNCヒューリスティックを使うという仮定に基づいていることを指摘すべきである。しかしWornellの分析は、FCが適用されると彼が仮定したとしても、実質的に同じ結果をもたらす。Parcells例で説明されたように、NCもFCも項目を生成するが、NCはFCよりも一段階速く項目を生成する。

[25]   たとえば、Parcells例では、二番目の現在一致でAPは、「PA」、「PAR」および「PARC」をディクショナリーに加えるが、FCは「PA」のみしか加えない。次にモデムが「PAR」に出会ったときは、APでは、現在一致は「PAR」であり、速記コードが送信される。一方FCでは現在一致は「PA」であり、前回の現在一致プラスPがディクショナリーに加わる。そして「PA」が前回一致になり、「R」が現在一致になったとき、「PAR」がディクショナリーに加わる。しかし「PAR」の速記コードは、V.42 bisがストリーム「PAR」に次に(つまり三回目)出会うまでは送られない。

[26]   実際まさにこの理由で、最初はStorerの装置のほうが圧縮率が大きいが、Storerのディクショナリーが満杯になると、V.42 bisのほうが圧縮率が大きくなると、Hayesは主張する。Hayesが正しいか否かは、サマリジャジメントを求めるこの申し立てにおいては解決できない、事実についての争点である。
本法廷はさらに、圧縮率は、どちらの更新ヒューリスティックが現実的な観点から「よりよい」結果をもたらすかを判定する、唯一の基準ではないことを指摘する。一般論としてデータ圧縮は、同じ情報を伝達するのに送信する必要のあるデータ量を削減することによって、時間を節約する。しかし見返り逓減の法則により、ディクショナリーがある程度拡大すると、さらなる圧縮を達成するためのコスト(つまり、モデムがそのディクショナリーに項目を追加あるいは削除するために費やす時間)が、それによる利益を上回るまでになると予想される。残念ながら、この限界がどこにあるのかは明確ではない(特に、データ入力ストリームの内容によって変化すると思われるので)。
どちらの更新手段がより有効であるかという点についての、この不確定さにも関わらず、本法廷の見解では、APとFCはデータ圧縮に対して非常に異なるアプローチを採用しているということ以外には、重大な事実についての真正な争点は存在しない。[**40]

[27]  クレームされたStorerの装置とV.42 bisの違いは実質的であることのさらなる証拠として、この二つのシステムにおける項目が加えられる方法の違いにより、大部分の実世界のデータ・ストリームについては、Storer特許に記されている明細書に基づいて作られたモデムはV.42 bisモデムへデータの送信ができないし、その逆もできないと、Zoomは主張する。Zoom摘要書の16;Wornell供述PP 42-43。StorerのモデムがV.42 bisモデムに「話せる」か否かは、均等論に基づく侵害を判断する目的にとっては無関係であると、原告は反論する。原告の議論によれば、結局、二つのフットボール・チームがスクリメージ・ラインでのプレーを指示するのにオーディブルを採用したとき、彼らは異なるコード用語を使う(他のチームがメッセージを理解できないように)が、二つのチームがほとんど同じことをしている(プレーの指示に短縮コードを使う)のは明らかである。
一般論として、二つのモデムが交信できないという事実だけでは、それらの機能に関する違いの実質性について何も明らかにならないという点では、原告は正しい。たとえば、Storer特許とV.42 bisモデムが正確に同じ更新ヒューリスティックを使ったとしても、もしこの二つのシステムが同じ項目に対して異なる速記コードを割り当てたとすれば(つまり、異なるオーディブルを使ったとすれば)、データの更新は不可能である。しかし本件では、モデムが更新できない提示された理由は、それらが同じ項目に対して異なる速記コードを当てはめたからではなく、ディクショナリーに項目を付け加える方法がまったく異なる(つまり、プレーを学ぶ技術、そして学ぶプレーの数が異なる)からである。前記注6参照。しかしモデムの交信不可能性は、本法廷が、なぜ更新ができないのかを理解する限りにおいてのみ問題となることであり、Zoomの議論は本法廷の分析には何も加えない。

[28]   AP、FCまたはNCの更新ヒューリスティックを使うディクショナリーはすべて、この「オール・プレフィックス」性を共有する。しかしAPでは、もしある項目がディクショナリー中にあると、その後部分の幾つかもディクショナリー中にある可能性が、FCやNCの場合よりも大きい。前記pp.24-25参照。

[29]  Storer特許のクレーム18の該当部分は次のように書かれている:
上記のエンコーダー・モジュールの上記のディクショナリー手段中、および上記のデコーダー・モジュールの上記のディクショナリー手段中の、上記の複数の文字列を、上記の最後に一致された列と現在一致している列の上記の連結後に登場する現在一致している列とともに、逆配列に並べることにより、上記のエンコーダー・モジュールの上記のディクショナリー手段中、および上記のデコーダー・モジュールの上記のディクショナリー手段中の、上記の複数の文字列の中から、上記の入力ストリームからの文字列がほぼ最も希に一致するような列を削除するための、削除手段[**45]。

[30]   現実にはキューの両端は、前および後と呼ぶのが普通である。実際、Storer特許は、列はキューの前に入り、後から出ていくと記している。Storer特許第16欄第66行-第17欄第4行。しかしStorerおよび原告の専門家Thomborsonは、本法廷への提出物の中で、逆の用法を使っている。Thomborson供述P 36; Storer供述P 66参照。したがって混乱を避けるため、本法廷は、列はキューの右から入り、左から出ると言うことにする。

[31]  LRU法を使う幾つかの先行技術の構造も、オール・プレフィックス性を維持することができたが、いつノードがリーフ・ノードになるかを決定するための参照カウントを使わなければならなかった。Storer供述P 66参照(Miller-Wegman特許を参照)。一方、Storer特許は参照カウントは採用しない。内部ノードはキューに入ることを認められるが、決して削除されないことが保証される態様で、キュー中で再配列される。

[32]  たとえば、「PARC」、「PAR」および「PA」がディクショナリー中にあると、それらはその順番に配列され、「PA」が最も右になり最も削除から離れる。新しい項目と現在一致がキューの右側に入ると、「PARC」、「PAR」および「PA」はキューの左側に動く。しかしもし「PAR」がデータ・ストリーム中に繰り返されると、「PAR」と「PA」はキューの右側に戻る。一方、もし「PA」も「PAR」も「PARC」も入力ストリーム中で繰り返されないと、3つの項目はキューの左に動き続ける。リーフ・ノード「PARC」が最も左にあるので、3つのうちではそれが最初に削除される。「PARC」はディクショナリーから消えると「PAR」がリーフ・ノードになり、次の削除の候補となる。キュー中で絶えず再編成を行うことにより、Storerの装置は、最も以前に使われたリーフ・ノードのみを削除する。
より詳しい例は、Storer特許の図9と、明細書第16-19欄の付随説明を参照。