Session1:

電子商取引と契約問題――日米欧の検討状況


プレゼンテーション


〔Nimmer教授:電子商取引における契約法―米国法の観点から―〕

法源:

米国で電子商取引に関連する契約法としては、統一商事法典第2編、統一コンピュータ情報取引法(UCITA)、第二次契約法リステイトメント、統一電子取引法(UETA)がある。

契約の技術的側面:電子的に行われる契約は伝統的な「書面要件」を満たすのか、という問題である。合衆国では判例上、「電子的記録(electronic record)」は書面要件を満たすと考えられており、また、UCITA、UETAでもそれを明確に規定している。また、当該記録が画面に表示されるだけで足りるのか、あるいは別途保存可能となっている必要があるのかという問題もある。

準拠法、裁判管轄:

電子商取引においては最も問題となる。UCITAでは一部の例外を除いて出所国(source of origin)ルールを採用しているが、これが現実的な解であると考える。合衆国内では現在、州毎に矛盾したルールが採用されており、解決困難な問題となっている。

契約の成立:

合衆国ではオンラインで「合意します」という表示をクリックすることで契約が成立するとした判例が存在している。また、UCITA、UETA及びUCC第2編の改正案では電子エージェント同士のやりとりでも契約が成立すると定めている。

インターネットにおける契約条項:

一般的にはインターネット上で示された契約条項に合意すればそれに拘束される。ただし、一定の場合にはその一部が裁判所によって無効と判断されることもある。

契約の解除:

米国では一般的な解除権は存在しないが、判例上は錯誤を理由として解除することが可能である。さらに、UCITA、UETAは錯誤によりなされたオンライン契約につき、一定の要件の下で解除権を認めるための特別なルールを設けている。

契約責任(効果帰属):

インターネット契約では契約の相手方を特定することが難しいため、誰が契約上の責任を負うのかという問題がある。UCITA、UETAはこの問題について明確な規定を置いているが、現在の米国法ではまだ未解決であり、多くの矛盾が存在する。

(まとめ)

電子契約における基本的な契約ルールは国際的に全てハーモナイズされることはないだろうし、それは誤った目標である。我々がなすべきは経済上の現実を尊重することである。


〔Hoeren教授:電子契約の成立〕

現在EC委員会では電子商取引に関し6つの指令案(「電子商取引の特定の法的側面に関する指令案」「電子署名指令案」「消費者ビジネスにおける物品販売指令案」「消費者契約における不公正契約条件指令案」「隔地者間販売に関する指令案」及び「金融サービスにおける隔地者間販売指令案」)を検討中である。

(契約の成立)

多くの欧州諸国ではホームページは宣伝の場所であり、そこに掲載される商業上の表明は「申込の誘引」を構成するとしているが、フランスとスペインは申込と見なしている。

電子商取引指令案でも、この状況に変更を加えてはいない。

(形式)

3000以上のドイツ法の規制が手書きの形式を求めているが、このような規制がまさに電子商取引の障害となっている。電子商取引指令案では、この形式の要件を取り除いている。

(証拠価値)

ヨーロッパのプロバイダーにとって、これが最も重要な疑問となっているようである。デジタル文書の証拠価値の問題である。これについて電子署名指令案では、電子文書は書面と同じ価値を持つとしている。

(錯誤)

ドイツ法では、一方的な錯誤があった場合、その注文は取り消すことができる。この場合、取消を申し込んだ当事者が損害を補償しなければならない。これが最適なソリューションだと考える。なぜなら、計算ミス、誤入力、送信データの一部が未到達、誤送信の場合など、契約の本質的部分についての錯誤は解除できるからである。しかし計算ミスで、他方当事者がその計算方法を理解できなかった場合にまで解除権を認めるのは適切ではない。

電子商取引指令案では、プロバイダーが錯誤を是正する手段を導入すべき、としている。これはウィンドウ技術で実現され得る。つまり注文がプロバイダーに送られる前に、画面上のウィンドウで注文の最終的な内容の確認、修正が技術的に可能となるようにするということである。しかし、錯誤の問題は、ヨーロッパにおいては消費者保護と隔地者間販売の指令によって意味が薄れてくるだろう。つまりこの指令によって、どの消費者も7日以内であれば取り消すことができる権利を与えられるからである。

(条件の保管)

どのような場合においても、契約条項は可読であることが必要である。これは不公正契約条件に関する指令では、消費者がそれを記録し再生できるようなかたちで提供されなければならないとされている。

(契約の成立時点)

イギリスでは、承諾の通知を相手方が受領していなくても、郵便ポストに投函あるいは送信された時に契約は締結される。それが申込者に届かなかったとしても完了したと見なされる。しかし、ドイツではメッセージが送信されて相手方のコントロール領域に入ってアクセスできるようになって成立する。

電子商取引指令案では、委員会は、当事者はそのメッセージにアクセスできるようにすべきと示唆している。また、相手方に締結するための情報を明確に与えなていければならないとしている。

(国際私法等)

当事者間で準拠法に合意しなかった場合、その契約の最も特徴的な義務が何かと言えば売り手側の義務であり、したがってその場合売り手の国の法律が準拠法となる。ただし、いくつかの例外がある。先ずは消費者保護法である。例えば、日本企業の製品又はサービスをヨーロッパの消費者にインターネット経由で販売する場合、必ずヨーロッパの消費者保護の規則を満足しなければならない。

訴訟手続については、被告の居住地法が適用される。また消費者の居住地の裁判所の管轄権を採用する。


〔永田教授〕

日本における電子取引と契約ルールについては、電子商取引に対しても原則としては伝統的な契約ルールが適用されると考えられている。もちろん現行の民法の規定に修正を加えることなしに適切に機能するかどうかという問題の議論がある。具体的には、以下のとおりである。

(電子的な契約の成立の問題)

日本法では契約が成立するための要件は当事者の合意があることだけで、書面が存することを要求してはいない。民事訴訟法でも、たとえば一定以上の請求については書面を要するという趣旨の規定もないし、さらに民事訴訟の証明手段に関しても完全な自由心証主義が採用されている。したがって、UNCITRALのモデル法のようにデータ・メッセージの使用を理由に契約の有効性は否定されてはならないとか、EUのディレクティブ案にあるように、電子的手段による契約締結の有効性を承認するという趣旨の規定を設けることは、日本では電子商取引の基盤としては特に必須の要件ではない。

(契約成立の時期)

日本民法では、契約は承諾の通知が発信されたときに成立すると規定されているが、実際のEDIの協定では、契約は承諾の通知が到達したときに成立するという趣旨の規定が設けられていることが殆どである。そこで、その「到達したとき」の意味が問題となる。日本民法では意思表示は到達したときにその効力が生じるという一般規定があるが、この規定の「到達したとき」とは、判例法によると「相手方が意思表示を了知可能になったときを意味する」と解されている。この判例法の了知可能になったときという基準で問題を解決することも不可能ではないが、例えばUNCITRALのEDIモデル法が示しているように、もっと明確な基準を設定することが望ましい。

(契約の有効性−錯誤による無効)

日本民法では錯誤や詐欺による契約の有効性について、例えば、錯誤による契約は無効であるというのが原則である。しかし、その錯誤が契約の要素についての錯誤でない場合、意思表示をした表示者の重大な過失による錯誤である場合のいずれかの場合には、無効を主張できないというかたちになっている。

電子商取引においては、表示者の思い違いやキーボードの操作のミスによって生じるトラブルのかなりの部分は、この錯誤の規定によって対処することができるが、この日本法の規定では、送信されたデータ・メッセージが送信者の一方的な錯誤により意図した内容と異なる場合、その錯誤が契約の要素の錯誤であり、かつ送信者の側に重大な過失がない限りは、送信者は常に契約の無効を主張できることになる。もっと厳密に適用すると、データ・メッセージの相手方は送信について一定の確認手続きを履行した場合であっても、なお送信者が錯誤による無効を主張するかもしれないというリスクを負担しなければならないことになる。この点については日本法においても、UNCITRALのEDIモデル法等に倣って、電子商取引における錯誤の場合のリスク負担を現行法よりも表示者側に若干シフトさせて、錯誤無効が主張できる範囲を限定した上で、かつ、その範囲を明確に表現したルールを設定することが望ましい。

(無権限者による取引)

この場日本民法では、原則として本人が責任を負うことはない。しかし例外的に、次の三つの場合には、本人が契約当事者としての責任を負うとされている。いわゆる表見代理である。すなわち、(1)本人が権限を授与していないのに授与したと表示した場合、(2)本人が一定の権限を授与した代理人がその権限を逸脱、踰越して契約を締結した場合、(3)かつて代理人であった者が、代理権限が消滅したのちに、無権限であるにもかかわらず契約を締結した場合、である。なんらかの本人の関与がない限り、本人との間では契約関係は生じないとする日本のルールと比べると、UNCITRALのモデル法でははるかに広い範囲において本人の責任を認める結果となっている。

(認証制度と「なりすまし」主張の制限)

日本の民事訴訟法は228条4項で「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」と規定している。そして裁判実務ではその押印を受けて、押印が登録された実印によるものである場合にはその意思に基づいて押印されたものと推定されるという2番目の推定のルールが取られている。そして真正の成立が推定された文書は、すべてではないけれども多くの場合その文書が改変されていないことが推定されると考えられている。

日本で現在立法が進められている電子署名および認証制度は、前述の署名または押印に対して法律上あるいは裁判実務上に与えられている三つの点について、「電子署名のあるデータ・メッセージ、認証されたものについてはこれを与える」ということを基本的な内容とすると予測される。

電子署名および認証制度がこのような内容で立法されるとすると、電子取引において他人が本人になりすますことが困難になり、反対に確認手段が十分に履践されている限り、本人がなりすましを主張することが制限されることになる。

結論的に言えば日本では、電子取引における契約の成立、有効性、そして効果帰属に関する問題について、特に立法によって対処しようとする動きはない。


ディスカッション

本セションでは、想定事例を参考に検討された。主な論点は、(1)ウェブ上での申込と承諾―ウェブの法的性格、(2)意思の伝達―ボタンのクリックをどう見るか、(3)契約の成立時点―到達の時点をどう見るか、である。内容は後日発行の議事録を参照されたい。