今日は春の節分、明日からは暦の上での春だ。勤務を終えて外に出ると、空がうっすらと青みがかっているようになって、日が長くなり始めているのを感じる。朝は、私が起き出す時分には相変わらず暗いが少し日の出も早くなりつつある。清少納言は「あはれ」と書いたが、うす暗いからか余計に寒く感じて、しみじみなどと趣に感じ入る余裕はない。そういう心の余裕がある大人ではないということだろう。
大人気ない、というか、子供じみていることというのは、世の中で多く遭遇する。通勤電車の乗車/降車時の押し合い圧し合い、席の奪い合い(ちゃんと列に並んでね)、座ったら座ったで肘の張り合い(最近はスマホを見る人が多いからか、肘を張り出す人が多い)・・。と、これらに対してモヤモヤしている子供じみた自分。もう少しレベルの高い?ところでは、直近の衆議院選挙のあり様。消費税の削減、廃止と、選挙向けに聞こえの良さげな主張が目立つが、選挙向きの言であることが見え見えで子供じみていないか。本気かいな、と大半の国民が思っているに違いない(思っていてほしい)が、主張はそれほど違わないのだから選挙の争点にしないで解散する前に国会でやれよ、税金の無駄遣いだと怒りを感じる子供じみた自分。某国奇天烈大統領は、最初から子供じみた行動のオンパレード(ちと古い表現)だが、最近ではFRB議長への言動だとか、グリーンランドを欲しいと駄々をこねて言うことを聞かなければ同盟国であれ関税賦課だと息巻く、今朝の報道にあったがグラミー賞の司会が口にした冗談が気に入らないから訴えると言っていることなど。失笑するしかないが、いちいちそれらに反応する自分も、やはり子供じみているのだろう。
曙を「あはれ」と感じることのできるような、心に余裕のある大人、いちいち変な反応をしない大人になりたい、と思うが、ここまで生きてきて今更変われなさそうだし、この先成長する時間はあまりない。